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笑いを売った少年

笑いを売った少年

大型連休も最後だが、妻は時々仕事、娘は時々大学の課題制作、息子は部活で膝を痛めて安静中。私も福岡での疲れを癒し、家族全員でどこかへ遠出することもなく自宅でゆっくりしていた(息子の怪我がなければ、アヴェンジャーズでも皆で観に行こうかと思っていたんだが)。私はここ数ヶ月で気になったことを整理して、令和になって最初の投稿をしたためてみた。普通はこのブログのテーマであるクルマノエホンで改元・新天皇即位に相応しいネタ本の紹介をと考える。でも『じどうしゃのおうさま』紹介しちゃってるしなあ。そこで、同じ児童書なんだが別のジャンルの書籍を取り上げる。クルマの絵本「Der Blaue Autobus/あおいバスといたずらオトカー」でも紹介したドイツの児童文学者・ジェイムス・クリュス作『笑いを売った少年(原題“Timm Thaler oder das Verkaufte Lachen”)』(未知谷)である。

平成最後の3月に娘が第一志望の大学に落ちて、直後に親父が肺炎で緊急入院して死にかけて、何とか峠を越したと思ったら今度は認知症と診断されて、繁忙期の年度末に実家に帰省して精神的にも参っていたときに、ここは笑うしかないと「笑い」について調べていたら引っかかった本である。あの“オトカー”のクリュス作品じゃないかと福岡天神の大型書店まで探しに行って(T屋などには置かないような渋い本なので)、実家で病院で一気に読み終えた。良い意味で裏切られたむちゃくちゃ面白い児童小説、いや大人が読むべき物語である。もちろん腹を抱えて笑えるという意味での面白さではなく、クリュスのプロットがお見事。森川弘子さんの翻訳も読みやすくグッジョブ。

物語の主人公は、誰の心をも明るくしてしまうとびきりの笑いを持った少年、ティム・テーラー。幼少の頃に母と死別し、貧困層が暮らす裏通りのアパートに父と意地悪な継母、義兄の四人で暮らしていた。普段は仕事で忙しい父と競馬場に出かける日曜日だけは、彼にとって楽しいひとときだった。ところが彼が12歳のとき、その父を交通事故で失い、天性の明るい笑いを失いかけた。悲しみに暮れた父の葬儀の日、ティムは謎の紳士と出会い、どんな賭けにも勝てる力(富)と引き換えに、自分の素晴らしい笑いを売る契約をその男と交わしてしまう。しかし、富は本当の幸せをもたらさないこと、笑いこそが人生に不可欠であることを悟ったティムは、14歳で家を跳び出し、自分の笑いを取り戻す旅に出る、そんな人間の持つ光と闇の部分を炙り出す不思議な冒険ファンタジーである。



笑いの健康効果は様々なところで科学的に証明されている[1][2][3]。父の故郷、山口県防府市では「笑い講」という神事があるくらい[4]、笑いは人々に幸せをもたらす根源的な人間の営みとも言える。そんなことを言われなくても、笑うことでどれだけストレスが発散できるか、その効果を身をもって経験したことがない人はほとんどいないはずである。しかしこの笑いを病気で奪われることがある。福岡に住む私と歳の離れた従姉は、若年性認知症になってかなり時が経っているが、別の従姉に今の状況を聞くと、完全に表情を失っているという。久しく会っていないが、私のおむつも替えてくれた姉貴だけに辛い。その近況を語ってくれた従姉は、幼い頃に脳性まひとなった長男を抱えながら、その苦労を微塵も見せずにティムのような天性の明るさとフットワークの軽さで親戚一同の頼りにされている。入院中の父の様子も時々見に行ってくれてとてもありがたく思っている。認知症と診断されたその父もまだ私や従姉のことはわかっていて(^^;)、忘れた人のことも何度かインプットすれば思い出すレベルを何とか保っている。時事ネタについてもまともに会話は成立するが、何よりも看護師や作業療法士に冗談を言ったり、時折みせる笑顔が最大の救いだ。この笑いの感情・表情がいつ父から消えて無くなるのか無くならないのか。そんな私の不安をよそに、体育会系の男性作業療法士には「アイツは生意気だ」とリハビリを拒否する一方で、若い女性作業療法士(皆さんお綺麗なのだ)の言うことは素直に聞くという・・・。男の部分は90でも現役なんだよね。それはそれでまだ元気な証拠かも知れないが。

またこの世には、人々の笑いを一瞬にして奪い去る出来事が起こり得る。平成の終わりにも悲しいニュースが続いた。弊ブログでは絵本を通じてクルマの楽しさ、面白さ、奥深さを語って来た。もちろんクルマの負の側面は十分理解しているのだが、こんなカタチでクルマが若い人たちの笑いを奪ってしまうと何とも複雑な気持ちになる。そして本書のように、我々は知らず知らずのうちに“悪魔”に笑いを売っているかもしれないのだ。そのことが世の中に蔓延するとどんなことが起こるのか・・・。



本書は私の生まれた1962年に書かれている。“Der Blaue Autobus”もとてもシンプルで秀逸な絵本だったが、短篇を得意とするクリュスが生涯唯一書いた長篇がこの本なんだとか。ドイツではエーリッヒ・ケストナー、ミヒャエル・エンデと並ぶ三大児童文学者の一人として有名なのに、日本では先の二人ほど知名度がない。本書は30年ほど前、講談社「世界の児童文学名作シリーズ」のクリュス選集や「国際アンデルセン大賞名作全集」に収録されていたらしいが、両シリーズともにほどなく絶版。ネットで検索すると、このときの「わらいを売った少年」に魅せられた少年少女も少なからずいたようだ。しかし残念なことに、いずれも原書の30%ほどを省略した抄訳だったらしい。この物語、語り手の「わたし」が、大人になってから再開したティム・テーラーから一週間にわたって彼の数奇な物語を聞くという枠組みになっている。また「わたし」がティムから物語を聞く前後に、道中の列車の中で出会う不思議な紳士が物語の重要な役割を果たすのだが、これらの設定は先のシリーズでは全く無視されていたのだという。当時の編集者か訳者が子どもには難しいと判断したのかもしれないと、本書の訳者・森川弘子さんはあとがきで書かれている。

森川氏が本作と出会ったときの感動、物語のテーマの普遍性、かつて日本で翻訳されていたものが抄訳で不完全だったこと、そして現代の時代性(本書初版は2004年)、つまり昭和を経て平成(当時)の時代になっても、人々が笑いを失う、あるいはこの物語のように悪魔の誘いと引き換えに笑いを自ら売ってしまうような人々が増えている状況に、子どもだけでなく大人たちにとっても本作の必要性を感じ、完訳・出版を試みたのだという。

令和になって、もちろん明るく笑みの絶えない時代になって欲しいと願うけれども、個人的には多くの人々の笑いが失われる時代になるのではないかと、その兆候があちこちで見られるだけに危惧をしている。ずっと以前に時代の変化を感じとった作者クリュスや訳者の非凡なセンサーを侮ってはいけない。今だからこそ、是非多くの人に読んでもらいたいと、令和最初のネタにしてみた。





[参考・引用]
[1]「笑い」は健康と人間関係に有効 科学が示す6つの根拠、David DiSalvo、Forbes JAPAN、2017年6月15日、
https://forbesjapan.com/articles/detail/16575
[2]「笑うと健康になる」を遺伝子レベルで検証する、佐田節子、日経スタイル、2015年2月16日、
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO83094230S5A210C1000000/
[3]笑いの健康効果、健康長寿ネット、公益財団法人長寿科学振興財団、
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/warai-kenko/waraitokenko.html
[4]笑い講(神事)、防府の文化財、防府市ホームページ、
http://www.city.hofu.yamaguchi.jp/webhis/honbun/102waraikou.html

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[ 2019/05/06 00:26 ] bookshelves/本棚 | TB(0) | CM(2)

早速、読んでみました。

☆ 先週の休み中に図書館で借りて、先ほど読み終わりました。
  最初の出だしが中々、厳しい状況を描いていて、読むのも
  ちょっと辛い感じでしたが、どんどん引き込まれて行きました。
  よい本を紹介して頂き、感謝です!
[ 2019/05/11 12:34 ] [ 編集 ]

Re: 早速、読んでみました。

でしょ。止められない止まらない。
クリュス作品は日本でももっと評価されていいと思うのですがね。私はエンデより好きかも。
『あおいバスといたずらオトカー』はとても楽しい絵本ですよ。
[ 2019/05/11 18:16 ] [ 編集 ]

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