Sleepy Cadillac

GMとともに』を紹介した流れで今宵はキャデラック(キャディラックとどっちの表記が一般的なんだろ?)の絵本を。大昔、'59年式キャデラック・コンバーチブル・クーペの登場する『ねえ、まだつかないの?』(リブリオ出版)を紹介したことがある。この“Sleepy Cadillac: A Bedtime Drive”(Thacher Hurd・作、Harpercollins)もブルーの'59年コンバチ・クーペが今度は正真正銘の主人公として登場する絵本だ。これは昔よくお邪魔していたasukaさんというシアトル在住のお母さんによる絵本紹介ブログ「asuka's booktree 絵本手帖」(残念ながら現在非公開)で初めて知った。どんな紹介をされていたかは忘れてしまったけど、彼女の記事はアメリカならではの絵本との関係性や教材としての意味だったりと、とても参考になった(教育関係のお仕事をされていたのではなかったかな?)。モータリゼーション発祥の国らしいこの絵本のことや、日本ではあまり馴染みのないNASCAR(映画『カーズ』の舞台、アメリカでは大人気のオーバルレース)を題材にしたABC絵本“For the Love of NASCAR”なんかも教えてもらって、大人から子供までアメリカ人の自動車愛というものを痛感させられたんだ。ガキが初めて手にするであろう「あいうえお」絵本が、全編ド派手な自動車レースネタなんだぜ。そりゃ、ワイスピのような悪童が育つわw。

この絵本はそんなワイルドな絵本ではなく、子どもを寝かしつける時の読み聞かせの絵本として作られたものだ。本書が出版された2005年に、The New York Times誌で“Dream Works(夢のお仕事)”と題したこの絵本も含む「おやすみ絵本」に関する面白いブックレビューが記事になっている[1]。

子育てを経験された方なら分かると思うが、エネルギーの塊である子どもたちをソフトランディングに寝かしつけることがどれだけ大変か。まさにこの瞬間、そのご苦労をされているお父さん・お母さんも多いのでは?その際の就寝のお供に絵本が重要な役割を果たすことも、よくご存じだと思う。中には創作話を聞かせる素晴らしい才能の持ち主もおられるかもしれないが、おチビちゃんを寝かせるのに、眠気を誘う物語の有効性を知らない親なんていないからだ。

じゃあ、ベッドタイムのお供にはどんな絵本が良いのか。この記者は次のように述べている。

1)ストーリーとイラストが魅力的なのはもちろんだが、読み始めの時よりもお話の最後の方で目がぱっちりになるようなエキサイティングなものであってはならない。
確かに“For the Love of NASCAR”なんて読んであげたら、興奮して逆効果だろう。



2)親が子どもの前でウトウトすることなく、何度もせがまれるくらい十分楽しいものでなくてはならない。
大人も寝たい時には文字が多かったり、難解な本を読むことがあるが、子どもの寝かしつけの場合、毎日のルーティーンだから、同じ絵本をそれこそボロボロになるくらい何度も使わざるを得ない(家に図書館ほどの蔵書があれば別だが)。退屈な絵本だとわかれば、すぐに拒絶されてしまう。もちろん読み手が一緒にウトウトするような本ではいけない。

3)そして最良の夜にしてくれる物語の結末は、緻密さと必然性を兼ね備えていなくてはならない。
ストーリーは十分に楽しく、でも興奮するほどドラマティックでも怖い話でもなく、最後に心地よく眠りに就けるように計算しつくされた構成力と画力のある絵本であること。これは絵本作家にとってなかなか難しい課題だ。

“Sleepy Cadillac”に戻ると、心地よい眠りに誘(いざな)うような全編落ち着いたトーンになっている。作者サッチャー・ハード(Thacher Hurd)のことは全然知らなかったのだが、彼の過去の作品を知る前出の記者は、従来との作風の違いに驚きをもって見たようだ。記者によれば、過去のハードの作品を一言でまとめるとzany!(一風変わっている、良い意味で独創的)。特に最近の作品は、強烈な色使いとクレイジーなプロット、大人も大笑いするようなユーモアを持った個性的なものだったが、この絵本は全く違うと。スラップスティック(ドタバタコメディ)な世界観から一転して、物憂い青一色の非現実世界、幼い読者を夜のドライブへと連れて行ってくれる。

Thacher Hurd
Thacher Hurd[6]

ここでサッチャー・ハードのことを紹介しておこう。1949年、バーモント州バーリントンで生まれる。父は、オバマ前大統領や雅子妃も愛したマーガレット・ワイズ・ブラウン(Margaret Wise Brown)の『おやすみなさいおつきさま(原題“Goodnight Moon”)』(評論社)の挿絵作家クレメント・G・ハート(Clement G. Hurd)[2]、母は『ライオンのジョニー』シリーズ(佑学社)が有名な児童作家イーデス・サッチャー・ハード(Edith Thacher Hurd)と、共著も多い児童書のクリエーターを両親に持つ、ある意味絵本作家としてはサラブレットだ。ブラウンと父の共著『ぼくのせかいをひとまわり(原題“My World”)』(評論社)は、生まれたばかりのサッチャーに捧げられた絵本だったらしい[3][4][5]。しかしその“血統”は、彼の豊かな才能の前では無意味だ。

Thacher Hurd2
芸術家の家に生まれて(両親と)[6]

カリフォルニア工芸大学卒業後の’78年に処女作、“The Old Chair”(Greenwillow Books)を上梓する。2001年には前述の“My World”を再版し、自ら再色も施した。2008年には“Goodnight Moon”における父のアートワークを使って“Goodnight Moon 123”を制作している。主な代表作は1985年ボストングローブ・ホーンブック賞受賞の“Mama Don't Allow”(Reading Rainbow Books)やレオナルド・ドッグ・ヴィンチの傑作『モナ・ウーファ』が美術館から盗まれる“Art Dog”(HarperCollins)、1998年ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞受賞の“Zoom City”(HarperCollins)など。“Zoom City”はクラシックカー満載のカラフルでポップな絵本だ(これも欲しい!)。“Moo Cow Kaboom!”(HarperCollins)なんて、銀河系ロディオ選手権に参加するため宇宙人カウボーイに拉致された牛の話という、ぶっ飛んだプロットの絵本もある。残念ながら本書も含め、いずれも和書に翻訳されていない。現在は妻Oliviaとカリフォルニア州バークレーに在住[3][6]。

Hurd's Books

Zoom City
Zoom City

さて、父と同じく絵本作家としては極めて難しい「おやすみ絵本」に挑戦をした本書はどんな作品なのだろう。冒頭の豪華な青いキャデラックが、窓の傍に飛んできて少年を乗せるシーンでは、寝室のカーテンの向こうに本当に青いキャデラックが来ているんじゃないかと幼い読者は何度も窓の方をチラ見するだろう。この時点で少しドキドキ、掴みはOKだ。ふかふかなシートはまさにベッド、ここで現実との交錯が生まれる。バーチャル・リアリティの世界へ誘い込むのだ。町を飛び越え、スタンドでガソリンを満タンにした時点で、すでに読者の頭の中は外の空間に飛んでいる。ワインディングロードを下り、霧の中へと進むキャデラック。夜と霧の中に浮かぶヘッドライトの明かりが幻想的な世界を創り出す。この演出が少しずつ夢の入口へと引き込むのだ。

Sleepy Cadillac その1

霧を抜け、月明かりの下で広大な大地を飛び続けると、鯨が眠りにつき、イルカが歌う深い紺色の大海が視界の前に広がる。ここで一旦眠気が冷めると、そこからクルマはぐんぐんと上昇し、満月が目前に迫ってくる。ふと後ろを振り返ると、パジャマ姿の子どもたちを乗せた別のクラシックカーが次々とやってくる。クルマたちは月の回りをぐるぐるとダンスし、そして子どもたちが段々と深い眠りに落ちて行く。それから世界じゅうを飛び回って、キャデラックは少年を家に送り届けるのだが、この時点でお子ちゃまはすでにスヤスヤな状態に違いない。古典的なプロットではあるが、就寝絵本のゴールデンルールに従った、巧みな演出と構成の作品だと思う。ふかふかな巨大ベッドと気持ちのよい夜風を連想させるのに、キャデラックのオープンは必然なのだ。日本車ではぴったりのクルマが思い浮かばない。

Real Cadillac Bed
ベッドのような、いや本当にベッドになっちまったキャデラック
出典:https://lrnc.cc/_ct/16837073

終始青で統一された本書であるが、調べてみると鎮静作用がある青は気持ちを落ち着かせ、眠りに入りやすくしてくれる色だという。睡眠の直前に目に入る色が青系だった場合、副交感神経が働き、スムーズに睡眠モードへと入っていくそうだから、目的に対して科学的にも理に適った作りだった[7]。あとは読み手のテクニック次第。ゆっくりと、徐々に囁くように。

Sleepy Cadillac その2

先のNYタイムズのブックレビューには、その他「おやすみ絵本」の良書として、パトリシア・マクラクラン(Patricia Maclachlan)らの“Who Loves Me?”(HarperCollins)とロブ・スコットン(Rob Scotton)の『ひつじのラッセル(原題“Russell the Sheep”)』(文化出版局)を取り上げている。『ひつじ~』以外は和訳本が出ていないので、子どものグローバル化教育をお考えの親御さんは英語で読み聞かせしますか?『おやすみなさいおつきさま』は日本語で読めるし、日本にも優れた「おやすみ絵本」はいくつもあるので[8]、そちらを購入されても良いだろう。『もうねんね…』(童心社)、『ねないこだれだ』『おつきさまこんばんは』(福音館書店)はよく読んであげたなあ。そいつらがもうクソ生意気に…。

それでは、おやすみなさい…

Sleepy Cadillac その3



[参照・引用]
[1]Dream Works、M. P. DUNLEAVEY、The New York Times、2005年5月15日、
http://www.nytimes.com/2005/05/15/books/review/dream-works.html
[2]オバマ大統領、雅子妃も愛した絵本「おやすみなさい おつきさま」 子どもの寝かしつけに苦戦するママ・パパにもおすすめ、World Mommy、2016年7月22日、
https://world-mommy.com/pages/article/25
[3]Thacher Hurd、Wikipedia、
https://en.wikipedia.org/wiki/Thacher_Hurd
[4]クレメント・ハード、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89
[5]Edith Thacher Hurd、Wikipedia、
https://en.wikipedia.org/wiki/Edith_Thacher_Hurd
[6]About Thacher Hurd、Thacher Hurdホームページ、
http://thacherhurd.com/about
[7]安眠できるカラーは何色?寝室のカラーコーディネートにおすすめの色、熟睡研究所、2015年12月25日、
http://komesan.co.jp/blog/2015/12/25/post-355/
[8]寝かしつけにぴったりのねんね絵本!人気のおすすめ10選!、こそだてハック、2017年6月14日、
https://192abc.com/63530
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