ぼくのフェラーリ

高級スポーツカーの代名詞、フェラーリをモデルにした絵本や児童書は、実はあまり多くない。ひょっとして私が見つけられないだけなのかもしれないが(イタリア語の絵本とかにはあるのかなあ)、俗世からあまりにもかけ離れすぎて、「バルンくん」や「ダットさん」みたいに子ども向けのアイコンにはなりにくいのだろうか。その中でも貴重なフェラーリ本、『ぼくのフェラーリ』(坂元純・文、ナメ川コーイチ・絵、講談社)は、私がクルマの絵本を集め始めたかなり初期の頃に手に入れたものだ。初版は1996年。納屋から見つかったデイトナは、今回落札した人も含めてそのオーナーの遍歴が気になるけれど、この物語に登場するフェラーリは、今年創立70周年となるフェラーリ社の歴史において、最も初期に作られたフェラーリ初の市販車、1948年にデビューした166MMバルケッタ(※)の‘50年型というマニアックなクルマである。この個体もまた、日本のとある由緒あるお屋敷の納屋に眠っていたバーンファインドものなのだが、そんなお宝を主人公であるフツーのサラリーマン家庭に生まれた小学生が相続したというお話なのだから、ちょっと興味あるでしょ。

※バルケッタ:イタリア語で2シーターのオープンカー

少年の名は加藤和也、12歳の小学6年生。埼玉県和光市に住む両親と妹の4人家族で、父親はコンピュータ技師、母親は専業主婦のごく普通の一般家庭の子である。和也もごく平均的な小学生だが、趣味はスポーツカー。プラモデルも100個以上持っている。成績は中の上?歴史は得意でないが、エンツォ=フェラーリやアイルトン=セナのことなら、生い立ちからレース成績までそら●●で言える。絵は得意で、たいがいのクルマなら写真を見なくてもすらすら描いてしまう。そんじょそこらのクルマ好きの大人では敵わない、筋金入りのエンスージアスト少年なのだ。そんな彼の父方の祖母が、その年の夏に亡くなった。そしておばあちゃんの唯一ともいえる財産である166MMバルケッタが、彼女の遺言により和也へ相続された。なぜおばあちゃんの遺産にフェラーリが?それも実の息子を飛ばして孫のもとへ。そこには生前おばあちゃんと和也が交わした秘密の約束があった。おばあちゃんの大事な秘密を、死ぬ時までに誰にも話さなかったら、このフェラーリを譲ると。

話は一年半前に遡って、和也がそれまで一度も会ったことのない危篤の祖父を見舞ったことから始まる。ネタバレになってしまうが、和也の父は妾の子。祖父は密井財閥の御曹司・密井大輔、中核企業「密井化学」の社長なのだ(思いっきり三井財閥と三井化学工業のことだと察するが)。そこに妾であるおばあちゃんのちよも、理由ワケあって五反田にある祖父の邸宅の離れに住んでいた。和也の父親は小さい頃から母親と別れ、横浜の親戚に育てられ、そのまま社会人になった複雑な事情を持つ。だから和也は、その時初めて祖父母に会うことになった。

ぼくのフェラーリ その1
遺産争族(『ぼくのフェラーリ』より)

大輔危篤の報を受け、弁護士も含めた親族が集まったところに、認知されていない和也の父とそれまで対面したこともない孫が現れれば、遺産目当てかと本家もざわめき立つ。その本家の人たちも、そして親戚だと名乗る見たことのない連中たちも遠方から訪れ、死に際の祖父をよそに遺産相続の皮算用を始める。そんな状況の中でとんでもない事件が発生するのだ。まるでテレビドラマのようではないか。まさに「遺産争族」。人間関係も複雑な欲も絡んだドロドロストーリーなので、ちょっと子ども向けの本ではない気もする。でも最後は、おばあちゃんとおじいちゃんの関係も、そしてフェラーリの謎も解けて、ちょっと小粋で爽やかなエンディングで締めてくれる。久々に読み返したけれど、大人が読んでもなかなか面白い。むしろ大人向けかな。実際、本書は装丁も一新された文庫版も出ている。もちろん今は絶版となっているオリジナル本は、昔はブックオフでも良く見かけたが、現在はAmazonやヤフオクにも出品されていない。もし入手できるようだったら読んでみてください。

少し横道に逸れるが、和也のおじいちゃん、密井財閥のプリンス・大輔はその昔は長身でハンサム。戦前、東京帝大を卒業した秀才。学生時代はボート部の主将として、オリンピックの代表候補にもなった。学徒出陣で大陸へ渡り、戦後復員。終戦当時は23歳となっているので1922年前後の生まれだ。その後アメリカに留学し、密井化学の重役になるために帰国したという設定になっている。児童書にしてはやけに具体的な記述なので、もしや実在のモデルが存在するのではないかと考え調べてみた(暇だねえ~)。

三井高修
密井大輔のモデル?小石川三井家九代当主、元三井化学工業会長・三井高修[4]

三井財閥のオリジンは平安時代にまで遡るそうだが、江戸初期に伊勢・松坂から出て江戸・京都に開いた「三井越後屋呉服店」と両替商で大きな財を成した三井高利が三井家の実質の祖といわれる。高利の子供十一人によって「三井十一家」が形成され、これがその後の名門三井家、旧三井財閥の源流となった。三井十一家のひとつ「京都・油小路三井家」は、維新後に東京・小石川に移ったことから「小石川三井家」と呼ばれ[1][2]、その小石川家九代目・三井高修が三井化学工業の会長を務めている[3]。NHKの朝ドラ『あさが来た』(2015)の主人公・今井あさのモデルとなった広岡浅子は、高修の祖母の妹(祖父・高喜は養子)に当たる[2][3]。その高修の長男、10代当主の高進氏は1920年生まれで、戦前ではあるが父と同じ米国ダートマス・カレッジで学んでいる[4][5]。年齢的には密井大輔に近いが、日本リーダーズ・ダイジェスト社の漫画誌「ディズニーの国」編集長を務めた氏は44歳で早逝している[1]。高修・高進親子がクルマ好きだったかどうかはわからぬが、若き頃に米国文化を吸収した三井父子が、クルマに興味を持つのは自然の成り行きとも思われる。フェラーリの一台や二台所有していてもおかしくはない。ちなみに、五反田に旧小石川邸は存在していないが、五反田の名門家のお屋敷といえば、美智子皇后のご実家、旧正田邸か現在清泉女子大学本館となっている旧島津公爵邸。高修の妻・広子が島津家出身なので[3]、この辺りの素性をごちゃまぜにして誕生した密井大輔像なのだろう。モデル探しはこれくらいにして、やはりフェラーリ、特にヴィンテージ・フェラーリはこのような浮世離れした華麗な一族が似合うのである。

豊田章男
この方も三井家の血を引く(豊田章男・トヨタ自動車現社長の母・博子は、三井十一家「伊皿子三井家」の出[1])
出典:http://car.watch.impress.co.jp/img/car/docs/296/055/html/01.jpg.html

作画のナメ川コーイチ(滑川公一)氏は1948年、東京生まれ。‘74年から6年間絵画勉強のため渡仏。’82年日本漫画家協会優秀賞受賞。‘89年「`a la cat」シリーズとしてネコのキャラクターを商品化。’08年「全米猫協会Year Book」の表紙を制作。個展開催多数。作品取扱ギャラリーとして「ギャラリー新居」(大阪、東京)、「えだ画廊」(大分)、「4CATS」(名古屋)がある。著書に漫画集『ネコマタタ』(未知谷出版)など、ネコたちをモデルにした絵画・版画・雑誌・単行本・絵本で活躍。本書の中でもたくさんネコが登場する。毛虫と都会とパーティがきらい。日本美術家連盟・洋画部会員[6]。

http://blog.goo.ne.jp/knamekawa2010←彼の絵、好きだなあ

ぼくのフェラーリ その2

作者の坂元純氏は1965年、東京生まれ。だいたい同世代だから、彼もスーパーカーブームで育った世代かなあ。筑波大学附属駒場中学、高校から東京大学理科Ⅲ類(医学部医学科)に現役で合格(わおー!)。卒業後、小児外科医として活躍するかたわら、児童文学も手がける。『ぼくのフェラーリ』で第36回講談社児童文学新人賞入選、同作品で第7回椋鳩十児童文学賞受賞[7]。車とサッカーとコンピュータが好き。この物語を書いて以来、イタリア製品びいきになったと語っている(本書より)。その高学歴を活かし、受験参考書『中学入試にでる名作100 新訂版』(講談社)も上梓されているが、ご多忙なのか本書以降、『よるのおさんぽ』(講談社)以外児童書のWorkは見当たらない。理Ⅲ卒の医師とは、彼もまた俗世からかなり遠い所に属する人であった。

http://d-bashifc.com/contents/02_aisatsu.html←この人かなあ

ぼくのフェラーリ その3



[参考・引用]
[1]三井家、Wikipedia、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BA%95%E5%AE%B6
[2]【あさが来た】今井家のモデル・三井家とは?三井銀行、三越…日本屈指の名家、ロケTV、
http://locatv.com/asagakita-mitsuike/
[3]三井氏(小石川家)、世界帝王事典、
https://reichsarchiv.jp/%E5%AE%B6%E7%B3%BB%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/%E4%B8%89%E4%BA%95%E6%B0%8F%EF%BC%88%E5%B0%8F%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%EF%BC%89#takazn965
[4]三井高修(小石川三井家)、軽井沢の三井三郎助別荘、2011年7月1日、
https://blogs.yahoo.co.jp/umenosuke1949/32733367.html
[5]三井高進(小石川三井家)と写真師・江崎清、昭和14年、軽井沢の三井三郎助別荘、2011年4月26日、
https://blogs.yahoo.co.jp/umenosuke1949/32733361.html
[6]ナメ川コーイチ、club will be web magazine、
http://www.club-willbe.jp/members/supportingmember_list/namekawa_kouichi.html
[7]中学入試にでる名作100 新訂版、日能研【監修】/坂元 純【文】、講談社、2006
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