小さな小さなクルマのレース

アリさんがクルマに乗り込んでレースをすれば、多分これくらいの小さなレースカーになるのだろう。ちなみにこの写真はフェーブのミニチュアカー(ベントレーとブガッティかな)。フェーブはフランスのお正月のケーキ「ガレット・デ・ロワ」の中に入っている小さな陶器。そのフランスで、今年の4月にもっともっと小さなカーレースが初開催された[1][2]。レースカーの大きさは数ナノメートル(1nm=10-9m)。ミクロの世界のお話である。複数の原子で構成された“車”が、他の元素や分子と反応しにくい金の表面に設定された、幅が髪の毛の太さの1000分の1、距離にして100nmのジグザグコースを38時間で走破できるかを競う耐久レースだ。さすがル・マン24時間耐久レース開催の地での企画。仮に全長1nmの車体だと、3mmのアリさんは300万倍。愛車エクストレイル(T31)は約 4.6mだから、その300万倍は13,800km。愛車がナノカーだとすれば、アリですら地球の直径(約12,700km)くらいのスケール感になる。想像をはるかに超える世界。

各国のナノカー
各チームのナノカー(イメージ図)
出典:http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_9/view/id/2397330

主催者は仏国立科学研究センター(CNRS、Centre national de la recherche scientifique)。参加チームは開催国フランスに加え、アメリカ、オーストラリア、スイス、ドイツ、そして我が日本の大学や研究機関6チームが参戦した。大会のスポンサーはミシュラン、日本チームにはトヨタ、ドイツにはVW、フランスにはプジョーが支援し、リアルなカーレースさながらの闘いになった。

ナノカーの設計図
日本チームの設計図.あかん苦手な亀の甲(ベンゼン環)や.
ナノカーの動き
日本チームのシミュレーション画像.実際の動きとは少し違うのだとか.
出典:http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20161202post-713.html

日本チームのマシンは、炭素原子50個、水素原子34個、酸素原子4個の計88個で構成された全長0.93nm、全幅2.1nmの分子機械。何のことやらさっぱりわからんが、棒の両端にはさみの刃がついたような形で、この部分をバタバタ動かして尺取り虫のように動くのだとか(シミュレーション画像)。レースカーといっても必ずしも我々がイメージするクルマの形とは限らないようだ。仏や米チームはオーソドックスな車型で「タイヤ」を転がして動くが、独チームの「風車型」(ハンドスピナーみたいな形)や日本チームのような個性派もあり、とにかく効率的に前進することが出来ればよいのだ。


レースのイメージ

STM
ナノカーの駆動源STM.エンジンみたいでかっこいい.
出典:http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20161202post-713.html

分子機械といっても自走はできない。外からのエネルギーが必要になる。動かすには「走査型トンネル顕微鏡(STM)」を使う。先端が原子1個分くらいの針の先を見ながら、この先からマシンに電気刺激を与えることで動かす。日本チームのマシンは、刺激を与えると前述のはさみの部分が動くのだそうだ。前述のスケール感でいえば、宇宙空間から地球上の野球ボール1個を正確に遠隔制御する気が変になりそうなレースである。結果は米・ライス大と豪州・グラーツ大の合同チームがぶっちぎりで優勝。チェッカーフラッグ受けた後も走り続け1,000nmも走った。但し、マシンの性質に合わせた銀のコースを選択したため、133nmを走った後続のスイス・バーゼル大チームとのダブル優勝となった。そもそも金と銀とで何が違うのだ。レギュレーション違反で失格ではないのかと無粋なことは言わない。挑戦することに意味がある。

優勝したスイス・バーゼル大チームの走行履歴
優勝したスイス・バーゼル大チームの走行履歴
https://nanolino.unibas.ch/images/Nanocar/nanocarrace04.mp4←かわいく動いとるよ

スイスチームの設計図と顕微鏡写真
スイスチームの設計図と顕微鏡写真:中央が走査型トンネル顕微鏡(STM)、右が原子間力顕微鏡(AFM)写真
出典:https://nanolino.unibas.ch/pages/nanocarrace.htm

日本チームは順調な滑り出しだったようだが、1nm進んだ直後に大会が提供したパソコンのトラブルでマシンがクラッシュ。「代車」で巻き返しを試みたが24時間後にリタイヤとなった。IT化が進んだ本物のレースでも、パソコントラブルはレース結果を左右する。未来を切り拓くには失敗はつきもの。先日、民間単独による国内初の商業用ロケットを目指す「ホリエモンロケット」MOMO初号機が打ち上げられた。打ち上げ後の通信トラブルでエンジンを緊急停止、目標の高度100kmの宇宙空間到達には至らなかった[3][4]。民間による宇宙ビジネスは欧米に比べ大幅に遅れている日本だが(「宇宙旅行の夢」参照)、ニール・アームストロング船長の言葉を借りれば「これは一つの民間会社(インターステラテクノロジズ社)にとっては小さな一歩だが、日本のビジネスにとっては偉大な飛躍である。」

ホリエモン嫌い(私も特に好きだという訳ではないが)には「失敗、失敗」とディスって溜飲を下げる思いだっただろう。まあそれはいいとして、ある大手メディアの「民間ロケット打ち上げ失敗、宇宙ビジネスに暗雲 通信断絶「非常に初歩的」と専門家」の記事[5]にはがっかりした。宇宙ビジネスに暗雲?むしろこういう挑戦者がもっと出て来ないことが日本の経済にとって暗雲だ。ホリエモンが退場させられ東芝はしぶとく残る、この日本経済の閉塞感に異端児・堀江貴文は再びロケットで楔を打ち込もうとしているようにも見える。ただ東芝をおかしな方向に誘導した経産省や丸紅がまた背後でうろちょろしているのが気になるなあ。航空宇宙工学の権威たちも、常識的な正しい意見ではあるが、あまりにクールなコメント。もうちょっと前向きな評価できなかったのだろうか。打ち上げ前のニュース特番見ていたのだけど、ホームセンターで買って来たボルトで締め上げるなんて、JAXAや大手企業の恵まれた環境に比べりゃ、そりゃ品質保証は劣るよ。でもその程度のコストで打ち上げられるようにならなきゃビジネスの芽はない。MOMOのコンセプトも「世界最低性能」とある[6]。そういうのもひっくるめてベンチャー企業は頭を悩ませるんだ。でも開発している連中は、苦労の顔をみじんも見せず、むしろ楽しくってしょうがいないって顔だった。研究開発に携わる者としてエンジニアのあるべき姿を見せたもらった気がした。

クレイジーエンジニア
いい顔してるクレイジーエンジニアたち(インターステラテクノロジズ社ホームページより)
出典:http://www.istellartech.com/member

失敗すれば失敗のデータが取れる。ナノカーレースの日本チームもまさにそう。日本チーム、有賀克彦監督(物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 超分子グループ グループリーダー)の「移動したり物を運んだりする機能を実現するのに車の形にこだわる必要はない。世界にインパクトを与えられる新しい発想で挑んだ。」のコメント[1]のように、これがゴールじゃない。チーム・ホリエモンも含め彼らはもっと先のことを夢見ている。

2016ノーベル化学賞
分子機械でノーベル賞を受賞した3博士[7]

ナノカーレースのキーテクノロジーとなる「分子機械」の技術は、昨年度のノーベル化学賞の受賞対象でもある。受賞した仏米蘭の3研究者は分子をいろんな形に自由に設計できる技術とそれを動かす技術を創り出した[7][8]。受賞者の一人Ben Feringa博士は世界初の分子モーターを作ることに成功して世界最小の四駆自動車まで作っちゃった(下図)[8]。こういう好奇心の塊のような人たちがいて、ナノカーレースや宇宙ビジネスなどへの新しい挑戦者たちが生まれる。こんなナノカーが何の役に立つのかということだが、薬を人体の特定部分に運んで治療効果を高めたり、変幻自在に形を変える車をがん細胞に送り込み、内部でさらに形を変えて細胞を破壊するなんてことも可能になるかもしれないという[1]。ガキの頃に見た映画『ミクロの決死圏(原題“Fantastic Voyage”)』(‘66年、米)じゃないか。

世界最小の四駆自動車
世界最小の四駆自動車[8]

先日、日本の科学技術系の論文数が世界2位から米中独に次ぐ4位に転落したことがニュースになっていた。03~05年の数に対して急減しているという。引用数の多い論文、つまり独創性・影響力の高い論文に限定すると米英独に次ぐ4位から9位へともっと深刻な状況だ。研究開発費の多い7カ国で見ると、論文数が減ったのは日本だけで、他の6カ国(米、中、独、韓、仏、英)の論文数はいずれも増加している。その背景として、15年の研究開発費総額は米中に次ぐ3位ということだが、企業が大半を占めているため大学や国研の研究費が少ない、つまり日本の基礎研究のお寒い状況を要因として上げている[9]。カネだけの問題なのだろうか。その企業研究だって、昨今のシビアなビジネス環境においては成果が出なけりゃすぐに止めさせられる。成果の見えない研究なんて、やらせてさえくれない。大学だって今や成果主義が蔓延っている。基礎研究を長いスパンで続けられない、技術も伝承できないことに原因の一つがあるのではないだろうか。

大隅良典
大隅良典先生の憂慮:「科研費について思うこと

人事採用の面接官になっている同僚の研究マネージャーが嘆いていた。最近の若い子って研究所を志望しないんだよねって。商品開発とか先行開発とか、具体的なモノのイメージや仕事の道筋がある程度見えているコトをやりたがり、若い研究所員もあらゆる情報を駆使してスピーディに解析したり、システムを組んだりする術には長けているんだけど、何か新しいモノ・コトを創り出すことに興味がないというか、ノッテ来ない。要するにすぐにアウトプットを求めたがるのだ。ブレストでアホなアイデアで盛り上がるのはいつもおっさんとおばはんだけだと。虫捕りもやらないインターネット世代が増えて来たからなのだろうか。21世紀になって日本人のノーベル賞受賞が急増しているのにそれに触発されず、日本だけ好奇心のマインドが低下している理由がよくわからないが、これもまた別の側面を示している。

分子機械のように何の役に立つかわからないけれど好奇心から始めた研究が、これまで世界を変えてきた。それは歴史が証明している。現在流行りの人工知能は、私が学生の頃には日本でも大流行になって、エキスパートシステムの開発を目指した「第5世代コンピュータプロジェクト」のように国家レベルの大型投資も行われた。なかなか成果が出ないとそのうちにブームも冷めた。そういう中でも地道にニューラルネットワークを研究していた欧米から、現在のA.I.進化の起点となったディープラーニング、DNN(Deep Neural Network)技術は生まれた。日本も予算を大幅に縮小してでも続けていれば、同様な発想に辿りついていたかもしれない。企業研究も含め、短期的な成果主義と偏った予算配分に陥る日本の研究開発の現場が、もう少し未来への投資としてのチャレンジと、好奇心くすぐる遊びの部分を許容してくれないと、そして社会が子どもたちに新しい発見や創造の楽しさを教えていかないと、「日本人、今年もノーベル賞!」なんて明るいニュースは、この先見られなくなると思う。

私も好奇心を絶やさぬよう『メカ屋のための脳科学入門』(日刊工業新聞社)を買って読み始めた。


ナノレースカーの研究者たちも楽しそう

[追記]
オマケ①:こちらもナノテクノロジー。ウィーン工科大学が3Dナノプリンターによって実験的に製作したF1カー。全長は285μm=0.28mm。テキサス大学ダラス校ではさらに小さいF1カーも(下図)。
micro F1 car by Vienna University of Technology
出典:Vienna University of Technology
micro F1 car by The University of Texas at Dallas
出典:The University of Texas at Dallas

オマケ②:フェーブどころではない。ハンドメイドでとんでもないミニミニカーを作っているショップ発見!
micro car made by wonderworks
出典:wonderworks



[参考・引用]
[1]科学の森:分子の世界 ナノカーレース コースは髪の毛の1000分の1/がん治療応用に期待、大場あい、毎日新聞、2017年7月13日、
https://mainichi.jp/articles/20170713/ddm/016/040/014000c
[2]ナノカーレース 分子の「車」で初 日本組ゴールならず、大場あい、毎日新聞、2017年4月30日、
https://mainichi.jp/articles/20170430/k00/00m/040/107000c
[3]宇宙ロケット、打ち上げ失敗 エンジン緊急停止、日本経済新聞、2017年7月30日、
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ30H3A_Q7A730C1000000/
[4]「ホリエモンロケット」MOMO初号機、宇宙へ届かず 堀江貴文氏がリベンジ誓う、安藤健二、HUFFPOST、2017年7月30日、
http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/29/momo_n_17630108.html
[5]民間ロケット打ち上げ失敗、宇宙ビジネスに暗雲 通信断絶「非常に初歩的」と専門家、産経ニュース、2017年7月31日、
http://www.sankei.com/life/news/170731/lif1707310042-n1.html
[6]観測ロケット「MOMO」初号機の打上げ実験実施に関する記者会見、ただいま村、2017年7月6日、
http://ima.hatenablog.jp/entry/2017/07/06/153000
[7]【速報】2016年ノーベル化学賞は「分子マシンの設計と合成」に!、Chem-Station、2016年10月6日、
http://www.chem-station.com/blog/2016/10/nobel2016.html
[8] 2016年ノーベル化学賞 現実の世界を分子の世界にも!!、梶井宏樹、日本科学館科学コミュニケーターブログ、2016年10月5日、
http://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20161005post-704.html
[9]自然科学論文数 日本4位に転落 中、独に抜かれる、酒造唯、毎日新聞、2017年8月9日、
https://mainichi.jp/articles/20170809/k00/00m/040/211000c
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コメント

  1. SDTM | /ZyVyp1I

    多くを求めない

    ☆ 色々言われていますね。理系離れとか、、、
      数多くの方が飛びぬけた発想で目に見える形まで新しい技術まで
      到達する事の難しさを世間の方々は知っているのだろうか、と思う。
      サイエンスも大切だか、エンジニアリングの並々ならぬ注力があって
      こそ、経済を動かす原動力となる。
      でも、そこいら辺は道理を弁えた40代以降のエンジニアのマター
      かもしれないですね。
      発想の柔軟性はハチャメチャな若い世代に掛かっているのでしょう。
      色々な世代での活躍の場はあると思う。ただ、あまりにも成果主義を
      言われるとせせこましくなる。発想を豊かにできる環境を経営層は
      考慮できるように界隈の参謀は動くべきかと。

    ( 00:11 [Edit] )

  2. papayoyo | -

    Re: 多くを求めない


    レス遅くなってすみません。
    サイエンスでもエンジニアリングでも好奇心は創造の源泉だと思います。
    どういう仕組みになっているのだろう?
    どうしてこんな答えになるのだろう?
    どうやってこの問題を解けばいいんだろう?
    等々。

    昔は本とか、一部テレビやラジオの情報のみで想像するしかなかった訳です。エロいこともそうです。でもインターネットやCG、シミュレーションなど高度なコンピュータ利用の時代になって、なんでも瞬時に大量の情報や尤もらしい答えが出るものだから、自分も含め誰もが想像力や疑問を持たなくなったのかなあと思う反面、インターネットの時代なりの新しいクリエーションの仕方があるのかもしれない。現に面白いアイデアは生まれ続けていますからね。私のようなおっさんがついていけないだけで。

    ただ好奇心には、新しいことを知りたい欲求(知識欲求)と、知って終わりではなく、そこから新しいモノを作ってみたいとか新しいコトをやってみたいという欲求(行動欲求)があると思います。日本人は前者はそれなりに強いと思いますが、後者が弱い感じがしますね。それが今の経済の停滞なのかな。最近高学歴芸能人や学生の知識を競い合うクイズ番組が多いですよね。ただ知識が多いことをひけらかす、東大・京大自慢だけのように見えて違和感があるのです(単に私の嫉妬でしょうかw)。彼らが本来挑戦すべきフィールドは別なのではないかと。これもこんな番組しか作れないテレビメディアの怠慢です。

    我々年寄が後者を後押ししないとダメですね。まだ若い小泉進次郎氏が経営者に年金を返上し、こども保険の財源にと呼びかけたことがニュースになっていましたが、東電とか東芝の旧経営者たち老害なんて、貢献への対価といえないこれまでの報酬を、若い人たちの新しい挑戦のために返納しろ、それが彼らの落とし前のつけ方だろうと思いますけど。

    朝からグダグダです。

    ( 11:36 )

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