会談中止
出典:BBC NEWS JAPAN

横須賀の飲み友達からメールで「こんな記事がある」と送ってくれた。
4月初め頃からずっと、私も電波障害で同様の不便を被っていると話していたからだ(「電波障害はこれだったのか?」)。今ごろ!?横須賀じゃ、当たり前すぎてニュースにもならないってか。5月になって復帰したと思ったら、またすぐにダメになって、首脳会談もやるんだかやらないんだか。先日、空母ロナルド・レーガンが出港してから少し安定してきたが、北鮮とヤンキーの「裸の王様」たちによるめんどくせー腹の探り合いで、こっちはいい迷惑である。
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夏祭りは若松様

日曜日の午後、買い物と児童図書館で本を借りるため「横須賀中央駅」を降りると、いつもの日曜にしては街中やたら人が多い。通りに出ると露店でいっぱいだ。今日は祭りか…。横須賀商業地区の鎮守様、駅前若松町の諏訪神社と米海軍基地を見下ろす緑ヶ丘の諏訪大神社の合同例大祭[1]だった。もうそんな時期かあと、初夏の雰囲気を少し味わった。
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横須賀ストーリー

九州出身の私が初めてヨコスカを意識したのは、小学生の時にハマった「スモーキン・ブギ」に続くヒット曲「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」のおかげで、ヨコスカ=ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(DTBWB)だった。宇崎竜童さんらDTBWBのヘアスタイルが、我が母校も例外ではなく、当時荒れまくっていた中学校のツッパリ不良あんちゃんと同じトサカ頭だったから、怖い米軍さんもいるヨコスカ=やっべえ街という思い込み(住んでいた小倉の方がもっとヤバかったと思うが)。そして、その1年後にヒットした山口百恵さんの「横須賀ストーリー」。いずれの曲も後に夫婦となる阿木燿子・宇崎竜童コンビによるもので、これにより横須賀ミュージックのオリジンといえば、阿木・宇崎・山口のイメージが私の中で決定づけられた。その後40年経って、今はそのヨコスカ住民になってもそれは変わっていない。その阿木燿子さんも参加するFMヨコハマのスペシャル番組が今晩放送される。先の「ミニキャブのレオン~オッパマからクルマノエホン」でも紹介したように人口減に歯止めのかからない横須賀のエンタメを盛り上げるアイデアを、上地克明横須賀市長が横須賀にゆかりのあるアーティストの皆さんと共に考える公開ミーティングプログラムだ[1]。長女が小学生の時、NHKの番組のため彼女たち5年生と一緒に共演したEXILEの橘ケンチさんも登場する。伝説の百恵さん、せめて声だけのラジオ出演でもできなかったか・・・。
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よこすか坂道1

体育の日の話。1964年の東京五輪開催式に因んだ10月10日じゃないのが、昭和のおっさんには違和感だなあ。東京のオリンピックは今くらいの季節じゃないとね。8月開催なんて選手にとっても観客にとっても地獄だよ。都知事があんな感じだし、無事開催できんのかね。まあいい。で、夏日が戻ったその体育の日の9日なんだが、普段の運動不足を解消しようと、前から気になっていた場所に歩いて行ってみたんだ。それが次の写真。
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ハセガワのサニトラ

緊張感漂った昨日のここ軍都・横須賀。心配していた天気も、久々にカラっと晴れ上がった残暑の一日となった。天候が気になっていたのは、娘の高校生活最後の体育祭だったからだ。家族も昼からチラっと様子を見に行った。Jアラートが鳴りやしないかとちょっと気になりながら、若人の祭典を堪能。ここ1、2ヶ月ほどは受験対策もそっちのけで、リーダーの一人として体育祭の準備に明け暮れていた娘。期待通りの結果になったもの、ならなかったものもあって悲喜こもごもでご帰宅。それでも「めちゃくちゃ楽しかったあ!」と、最後の仕上げに泊りがけの打ち上げに出かけて行った。若いっていいなあ。こういう青春グラフティが当たり前に続くことを祈る。さあ娘よ、あとは悔しさをバネに受験に専念せよ。ぐーすか寝ているヒマはない。昼間の体育祭は途中で退散し、私は別行動で一人、「途中下車の旅」ならぬ公郷から横須賀中央までバス路線をてくてく歩いて帰った。
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